2024/05/12 小説「『魔術師』のオデッセイ」執筆のための美学についての備忘録〜想像力論〜

 おはこんにちこんばんは、かくりよと申す者です。

 今回は哲学のいち分野である美学より、想像力論というキーワードについて簡単に調べてみた結果を記事にしていきたいと思います。

この記事を書くに至った経緯

 今回は美学に於いて〝想像力〟という単語がどんな意味で使われているか、〝想像力論〟がどのようなものかを調べました。 わたしは2023年2月17日から、創作系個人サイト「黒山羊塔」ピクシブで小説「『魔術師』のオデッセイ」を連載しています。主人公は絵画を学ぶ芸大生であり、小説にも美術史や美学に関係する事柄がそれなりに登場します。今回〝想像力論〟を取り上げようと思ったのは、第6幕「原初の灯火」にて以下の台詞を書いたがためです。

「(魔術を使うに当たって)大切なのは、想像力だ

 以前書いた〝模倣論〟についての記事を読まれた方ならお察しでしょうが、美学が重要な位置を占める本作に於いて、美学でもそれなりに重要なキーワードであるところの〝想像力〟という単語の意味を、さして吟味せずに使ってしまいました。今回はその反省を含め、〝想像力〟が美学に於いてどのような扱いであるかを振り返っていきたいです。

〝模倣論〟について書いた記事はこちらから。

〝想像力論〟とは?

  1. 〝想像力〟とは、美学に於いては「物質=身体の刺激を受けて活性化され、より幅広く創造的に考える精神の働き」のことを言います。
  2. しかし、西洋思想史では〝想像力〟は否定的に捉えられてきました。
  3. 美学では〝想像力〟を様々に分類しています。

 〝想像力〟とは、美学に於いては「物質=身体の刺激を受けて活性化され、より幅広く創造的に考える精神の働き」のことを言います(佐々木健一『美学辞典』東京大学出版会) しかし一般的には、国語辞典を引いた時の「想像する能力。想像する心のはたらき。」という理解だと考えます(小学館『日本国語大辞典』Japan Knowledgeより)。具体的には、ここに居ない友達の顔を思い出すという場合、想像力が働いていると言います。また実際には存在しない生き物を想像したりする場合も想像力が働いていると言うでしょう。小説家や漫画家などのクリエイターに対しても想像力が豊かだと言うかも知れませんし(是非言われたいものです)、相手を思いやる手段として相手の立場に立つ時に想像力を働かせたりするかも分かりません。

 そんな〝想像力〟ですが、西洋思想史では否定的に捉えられていた歴史があります。 古くは17世紀のフランス人哲学者・パスカルが、想像力について「これは人間のなかのあの欺く部分」であり、「誤りと偽りとの主」だと言いました。また、美学に於いて〝想像力〟を否定的に捉えた人物のひとりに、現代では『幸福論』で有名なアランがいます。彼は1920年に出版された『芸術の体系』の中で、「体の混乱と時を同じくして精神のうちに入りこんでくる、まちがいと無秩序こそが想像力と呼ばれるものだ」と主張しました。少なくともフランスの想像力論の伝統の中では、〝想像力〟が豊かであることは悪いことであるとされてきたのです。例えばアリストテレスは、〝想像力〟は目の前に誰かがいなくても、その誰かの像を精神に見せる力であり、記憶や病理としての狂気と重なっており、認識の麺では誤りの種になることが多いと指摘しています。

 西洋に於ける〝想像力〟の捉え方を変えるきっかけを作ったのは、ドイツ哲学者のカントでした。 知覚のなかで働く〝想像力〟に主観の自由、または創造性を見たカントは、代表的著書『判断力批判』の中で〝想像力〟を美学と結びつけ、重要な役割を与えることによって、19世紀における創造的〝想像力〟の道を開きました。この考えは後に登場するロマン派に近いものでした。

 美学では〝想像力〟をいくつかに分類しています。 上記でも〝想像力〟の様々な具体例を見た通り、哲学者・美学者によって分類の仕方はあると思いますが、ここではミケル・デュフレンヌの例を取り上げます。彼は〝想像力〟を2つの種類に分類しました。ひとつは超越論的想像力、もうひとつは経験論的想像力と言います。まず超越論的想像力とは、目の前の物体や人物を、個々の独立した輪郭を持ったものとして認識する能力です。「超越的なもの」というのは、独立したものとして認識されたもののことです。例えば、目の前にリンゴがあるとします。リンゴはそれをみている自分ではなく、自分から独立したものとしてそこにあるので、そのリンゴは自分にたいして「超越している」と言います。「超越論的」というのは、このような超越を可能にするものという意味です。では何故、超越論的想像力が〝想像力〟なのかというと、〝想像力〟は根本的な意味では、具体的な姿を生じさせる能力だからです。この〝想像力〟は、芸術作品の鑑賞でも働いているとされています。もうひとつの〝想像力〟である経験的想像力とは、知覚したものから出発して、次に起こることを思い浮かべる能力です。それによって、ヒトは次に何をするべきかを考え、行動します。超越論的想像力とは逆に、経験的想像力は芸術作品鑑賞では抑制されます。絵の中で雨が降っている場面を思い浮かべたり、さらにそれに対して自分はどうするか考えることはしないからです。さて、ここまでの文で実際には存在しない生き物を想像したりする場合の〝想像力〟の分類は登場しませんでした。その場合の〝想像力〟はデュフレンヌではありませんが、「空想力(fancy;fantasy)」として分類されているそうです。

小括、または「『魔術師』のオデッセイ」での〝想像力〟の扱い

 ここまで〝想像力〟について検討してきましたが、「『魔術師』のオデッセイ」第6幕「原初の灯火」での〝想像力〟は、「記憶と経験を支えに像を思い浮かべること」だと言えそうです。 この章で魔術師の先達に「この蝋燭に火を灯してみろ」と命じられた主人公の幸太郎は、現代での生活で火を使用した時の記憶を思い出しています。その際、悪魔の囁きによって思わぬ結果を生み出してしまうのですが……
 この後、主人公は何とかして魔術を使用出来るように試行錯誤することでしょう。それこそ、芸大生らしい手段で……

参考書籍

  • 佐々木健一『美学辞典』東京大学出版会
  • 川瀬智之『東京藝大で教わるはじめての美学』世界文化社
  • 倉島保美『論理が伝わる 世界標準の「書く技術」』講談社ブルーバックス
  • 樺沢紫苑『学び効率が最大化する インプット大全』サンクチュアリ出版

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です