2022/05/05 光の国とセブン・ゼロ親子についてのとめどない妄想

 これは「もし光の国に宗教が存在すると仮定すれば、ウルトラセブンとウルトラマンゼロが離れ離れになってしまった理由が説明出来るのではないか?」という、ifの話です。

 以前Twitter上で類似の話題を持ち出し、実際にツイートを行いましたが、この記事はそのツイートのたたき台です。永くエディターのフォルダの底で眠っていましたが、ブログという自分の城を得たので、この場に供養します。

 注意:様々に書籍や映像作品を参照しながら書きましたが、この文章を書いているわたしは、高等教育で宗教学・民俗学を専攻していない、「どうしてウルトラセブンとウルトラマンゼロは離れ離れになっていたのか?」に興味があるだけの残念なオタクである。 というか、今現在、大学すら卒業していない。しかも妄想なので長々書いておきながら現実的に何の意味も成さない。本当に申し訳ない。

前提:プラズマスパーク教

 まず大前提として挙げておきたいことは、光の国の宗教観についてである。

 光の国に、地球で言うところの仏教・キリスト教・イスラム教というふうな宗教があるかどうかは分からない。けれども、わたしは日本人が無宗教を自認しながらお正月に初詣をしたり、結婚式を教会で行い、お葬式を寺社式に挙行するようなレベルの宗教観は、光の国はおろか、バルタン星人やバロッサ星人といった各星人達すら持ち合わせていると思うのだ。

 例えばバルタン星人は、初代『ウルトラマン』第2話『侵略者を撃て』に登場した際、「発狂した科学者の核実験によって母星を失った」旨を語っている。

 これはバルタン星人に、どの程度の精神異常が発狂なのかという指針があるということだろう。発狂、それどころか精神異常の程度は、時代や土地柄によって移ろうものだと思う。宗教観がそれに影響を与えている場合も考えられる。

 またバルタン星人は、科特隊のハヤタ隊員達と話し合った時に「生命、分からない。生命とは何か?」とも言っている。これは地球人とは違った倫理観を持っている証拠だ。わたしは、上記の台詞によってバルタン星人を地球人やウルトラマンとは隔絶した存在であることを強調したかったのだと思うが、それと同等の思想や宗教観の隔絶があってもおかしくはない。

 また別の例で言えば、『ウルトラマンZ』に登場したバロッサ星人がいる。バロッサ星人は略奪行為を星の掟としており、種族総出で略奪に励んでいることが紹介されている。実際に彼らの星は荒涼とした過酷な環境と推察され、種族総出で他の星に渡ってまで略奪をせねば生きられないことは納得がいく。しかしそれが星の掟とまでされており、ましてや他の星に渡る発想に至ったことには、疑問を抱かずにはいられない。

 わたしは、太古のバロッサ星人に、他の星人が訪れたか、他の星に渡った初期のバロッサ星人によってか、何らかの形で他の星から恵みが齎され、「他の星には母星とは比べ物にならない程の資源がある!」という発見があったと考えざるを得ない。それが時を経て信仰を得、それが変化して「生きていくために他の星に渡り、略奪せよ!」という掟に発展したのだと思う。

 上に挙げたふたつの星人の例のように、光の国にも宗教観があると考える。それは具体的に言えば、プラズマスパークの〝光〟を崇拝するものだと思う。

 『ウルトラマンタイガ超全集』収録の小説『トレギア物語/青い影』によると、 

「光の国は27万年前の超新星爆発によって太陽を失ったが、人工太陽「プラズマスパーク」を作り出した。」
「プラズマスパークの光に含まれるディファレーター光線の作用が、光の国の住民を超人にした。宇宙の守護者・ウルトラマンの誕生だ。」

とある。上記の話は光の国では半ば神話のように言い伝えられていることが、小説で描かれている。ウルトラマンタロウの担任のフローベラ先生が授業の中で、

「ディファレーター光線は私たちの体に素晴らしい能力を与えてくれました。(以下略)」

と、光の国の住民がウルトラマン化したことを誇らしげに話すのは印象的だ。このことから、住民を超人化したディファレーター光線の発生元である、光の国に恵みを齎してくれるプラズマスパークを、住民達が崇拝していてもおかしくはない。

 そんなプラズマスパークを崇拝する宗教を、ここでは以下「プラズマスパーク教」と仮定し、そう呼ぶことにする。

 プラズマスパーク教は、プラズマスパークが齎す恵みである〝光〟を絶対視・神聖視する宗教である。住民達はプラズマスパークの光の恩恵を受けることにより、夜も闇も駆逐された明るい世界に住んでいる。住民を取り締まる役割を持つ警察が存在する必要すら無い。悪人は異端として追放されるのだ。そんな光の国の住民達は、自らを「光の守護者」と呼称する。プラズマスパークに素晴らしい力を与えられた光の守護者は、その力を最大限に活かして宇宙の平和を守ることを使命としている。宇宙警備隊は、そんな光の守護者達から更に選抜された勇者達から構成される精鋭であり、光の国の熱烈な信奉者だった。教義は概ね以上の通りだろう。

 また『トレギア物語/青い影』では、トレギアによって「3万年前、エンペラ星人が光の国に攻め入った戦争があった」、つまりウルトラ大戦争があったことが語られる。ウルトラ大戦争の模様は『ウルトラギャラクシーファイト 大いなる陰謀』でも描かれたが、少なくない数の死傷者を出したことが察せられる。タロウにとっては両親が参加した戦争であるため、神話や伝説というよりは歴史的出来事だったと思うが、これはプラズマスパーク教に多大な影響を与えたに違いない。具体的に言えば、「エンペラ星人による、光の国及びプラズマスパーク教への迫害」として解釈されたのだと思う。

 『完全教祖マニュアル』によると、迫害には組織力の強化が図れるという利点があるという。外部からの一方的な迫害は、むしろ信仰心の強化へ繋がるのだ。

 光の国ではエンペラ星人との戦争を受けて、宇宙警備隊と銀十字軍が設立されたというから、闇の力を使うエンペラ星人と相対したウルトラマン達の〝光〟への信仰心は高まったと解釈しても良いだろう。

 また光の国に反旗を翻したウルトラマンベリアルや、〝光〟に疑問を抱きウルトラの星を出奔したウルトラマントレギアは、異端者として処されたのだろう。ベリアルはプラズマスパークの奪取というプラズマスパーク教最大の禁忌とも言える罪を犯し、更にレイブラッド星人の力を得て実力行使に出たため、ウルトラマンキングによって牢獄に封印され、唯一の「光の国の犯罪者」と言い伝えられてきた。それは後にヴィランとなるトレギアの思想にも影響を与えている。

 異端の追放には、上記のように追放された異端への追従によって組織が揺らぐ可能性があるというデメリットがあるが、論争などを経て教義が洗練されるというメリットもあるという。ベリアルの追放を経て、プラズマスパーク教では「〝光〟とはどうあるべきか?」という論争があったかもしれない。トレギアはそれを試みる中で〝光〟に対して疑問を抱いたのだろう。結果的にトレギアは完全に闇のウルトラマンとなってしまったが、光の国ではそれを受けて更に論争が継続している可能性がある。

どうしてウルトラセブンとウルトラマンゼロは離れ離れになっていたのか?

ウルトラセブンの宗教観

 前置きが長くなったが、「プラズマスパークの〝光〟を崇拝する宗教観=プラズマスパーク教が、光の国には存在する」ということを踏まえて、以下の文章を展開していく。

 ウルトラセブンには「自分の幸福」への欲求が極端に無いように思える。それはプラズマスパーク教の影響ではないだろうか。

 繰り返しになるが、プラズマスパーク教の教義の中では、プラズマスパークに素晴らしい力を与えられた光の国の住民=光の守護者は、その力を最大限に活かして宇宙の平和を守ることを使命としている。中でも宇宙警備隊は、そんな光の守護者達から更に選抜された勇者達から構成される精鋭であり、光の国の熱烈な信奉者とされている。『ウルトラセブン』当時のウルトラセブンは宇宙警備隊所属ではなく恒星観測員だが、後に宇宙警備隊のいち員となっていることから、光の国の熱烈な信奉者たる素質は十二分にあったと考えられる。

 ウルトラセブンは、その主題歌で歌われている通り、人間の倖せのために戦うことを強要されている、または自分に無意識にそれを課しているのだ。それ即ち、人間の倖せのために、自分を犠牲にすることも厭わないということである。嘗て、彼が初めて地球を訪れた際、自らの目の前で自分のことも構わず他人を助けようと、捨て身の行動を行った薩摩次郎のように。ウルトラセブンは薩摩次郎の行動に感動し、感銘を受けて、彼の魂をモデルにモロボシ・ダンの姿を作ったのだ。

 そして、その信仰の強さは、最初に『ウルトラセブン』でのウルトラセブン=モロボシ・ダンとユリ・アンヌの恋愛表現で発揮された。

 『ウルトラセブン』のアンヌ隊員は、「ダンとアンヌはキリヤマ隊長公認の恋人同士」という設定があるという。アンヌはダンのことを初対面で好意を抱いており、実際に恋人同士のような発言も多かった。

 しかしダンのほうでは彼女のことをどう考えていたのかは分からない。モロボシ・ダン役の森次晃嗣さんはインタビューなどで、モロボシ・ダンは宇宙人であることを意識していたとよくお答えになっていたし、『ウルトラセブン』第4話『マックス号応答せよ』でアンヌにお守りを貰っていたにも関わらず、森次さん自身は

「でも、ダンは上の空で鈍感なんだ。アンヌの心配する気持ちや、やさしさにまるで気づかないんだよな(笑)。」

とコメントしている(『ダンとアンヌとウルトラセブン』より)。もしかしたら、アンヌ隊員の片想いだった可能性すらある。

 更に最終話で、その行動指針は最大限に表現される。

 ウルトラセブン=モロボシ・ダンは体力の限界を迎え、アンヌはレントゲン写真撮影などの精密検査を受けることを勧める。だがモロボシ・ダンはそれを基地からの逃亡を含む手段で拒む。それをされると自分がウルトラセブン=宇宙人であることがバレてしまうからだ。

 アンヌが精密検査を勧めたのは、同じウルトラ警備隊員として仲間の健康を気遣う気持ちもあったと思うが、恋人同士であった以上、愛の表現であったとも思う。でもダンは宇宙人である以上、その愛は受けられなかった。

 更に、今回はアマギ隊員の命も懸かっていた。彼は最後の敵であるゴース星人に囚われ、人質にされていたのだ。

 モロボシ・ダンはアマギ隊員に恩を感じていた節がある。モロボシ・ダンは第11話『魔の山へ飛べ』でワイルド星人に生命を奪われ、死んでしまったことがあった。ダンはアマギ隊員の活躍によって復活することが出来たのだ。

 しかしウルトラ警備隊は、地球侵略の危機を前にして、ぎりぎり突き止めたゴース星人の基地にマグマライザーに爆弾を満載し、突っ込ませる作戦を採った。モロボシ・ダン=ウルトラセブンは愛する地球をゴース星人から守るため、そして自分の命を救ってくれたアマギ隊員へ恩を返すためにも、アンヌから愛を受け取って自分の幸せに浸っている場合ではなかったのだ。

どうしてウルトラセブンはウルトラマンゼロと離れ離れになったのか? 

 また、ウルトラセブンにプラズマスパーク教が与えた影響は、自分の息子であるウルトラマンゼロへの態度にすら現れていると考える。

 ウルトラマンゼロは、ウルトラマンベリアルが牢獄から脱出して再びプラズマスパーク奪取を試み、光の国を凍結させるまで、ウルトラセブンが自分の父親であることを知らなかった。これは物心ついた頃には既に父親と別れて生活していたことを意味する。少なくとも、セブンは軽い気持ちで自分の息子を手放し、育児放棄を行うような者ではないと思う。何らかの理由があった上での決断だったと考えるのだ。

 それは生半可な理由ではなかったはずだ。同じく息子を持つウルトラ6兄弟のいち員としては、ウルトラマンタロウがいるが、彼は息子であるタイガと別れることなく無事に育児を行っているからだ。更にウルトラマンタロウの両親はウルトラの父とウルトラの母である。この一家の影響下にありながら自分だけ育児放棄に及ぶのは考えにくい。

 ここで再びプラズマスパーク教が登場する。

 プラズマスパーク教の影響によって、ウルトラセブンは自分の幸福よりも宇宙の平和を優先する行動指針を持つようになってしまった。つまり、自分が妻や息子を持ってしまったことで、家族がいる幸せを豊受することへの怖れが生じてしまったのではないだろうか。

 更に決定打となったのは、生まれてきた息子であるゼロの体色だろう。ウルトラマンゼロは、今でこそ主役級には様々な配色のウルトラマンが存在するが、レッド族の父親とブルー族の母親を持ったことにより、赤と青と銀、三色の色を併せ持つという、他の光の国のウルトラマンたちとはかけ離れた配色の肌を持っている。

 ゼロは光の国にとっての〝マレビト〟として生まれ、疎まれると同時に聖なる存在として将来の活躍を期待されてしまったのではないだろうか?

 〝マレビト〟というのは、時を定めて他界から来訪する霊的もしくは神の本質的存在を定義する学術用語で、折口信夫が初めて使った。例えば、ナマハゲなどがそうである。赤坂憲雄は論文『琵琶法師または堺の神の司祭者』の中で、折口信夫が

「〝まれびと〟の出自として、村八分的な刑罰によって、あるいは共同体の規範に背馳したために村落共同体から排除された者、さらに物狂い(精神異常)のはなはだしい者などを想定し、そうした漂泊・放浪の人々が偶然立ち寄つた村(部落)において、神秘性を漂わせる〝まれびと〟として迎えられている」

ことを紹介している。

 自分が家族を得て幸せになることへの怖れと、その息子が〝ケ〟の場に於いて排除される存在である〝マレビト〟として生まれたことで、セブンは息子と別れることを決めたのではなかろうか。ましてやセブンは宇宙警備隊という光の守護者の中でも特に熱烈な〝光〟の信奉者である。やらない必要は無い。

 しかもゼロは光の国にとっての〝マレビト〟である。有事の際に帰参し、英雄としての活躍をすることを期待されていてもおかしくはない。父親はウルトラ6兄弟のいち員であるセブンであるという折り紙付きだ。

 そんなプラズマスパーク教、ひいては光の国側の考えを知ってか知らずか、ゼロも英雄としての道を進み始める。それは大それたことかも知れないが、日本神話で言うところのスサノオの辿った道を彷彿とさせる。

 スサノオとは、日本神話に登場する三貴神のひとりだ。イザナキが死んでしまったイザナミを追って黄泉の国に行って戻ってきた際に行われた禊によって、アマテラスとツクヨミと共に生まれた。詳しくは割愛するが、スサノオは乱暴狼藉を行ったことにより、高天原を混乱に陥れ、ついには追放されてしまう。そこで地上に降り立ち、ヤマタノオロチを退治することによって地上に平和が齎される。

 多少牽強付会かも知れないが、わたしはウルトラマンゼロが光の国を追放されてからウルトラマンベリアルと戦い、再び光の国に戻ってくるまでのストーリーに、類似していると思っている。

 話は戻るが、ゼロはウルトラセブンを父親と知ることも無く、家族と別れて育った。それをコンプレックスに考えたゼロは、強い力を手に入れ、それによって家族を取り戻そうとし、そのためにプラズマスパークを手に入れようと画策する。だが、その失敗により、光の国そのものからも放逐される。けれどもウルトラマンベリアルの襲来とプラズマスパークの停止という光の国の危機、〝ケガレ〟の発生によって、救世主として帰還するのだ。

結びに代えて 

 勿論、これは「もし光の国に宗教が存在すると仮定すれば、ウルトラセブンとウルトラマンゼロが離れ離れになってしまった理由が説明出来るのではないか?」という、ifの話である。登場から55周年を迎えたウルトラセブンには、まだまだ考察の余地があると思うし、12周年を迎えるウルトラマンゼロの出生の秘密は謎のままである。

 わたしはファンのひとりとして、公式の見解を待つのみである。 

参考資料

書籍

  • 宮田登『民俗学』講談社学術文庫
  • 赤坂憲雄『境界の発生』講談社学術文庫
  • 架神恭介、辰巳一世『完全教祖マニュアル』ちくま新書
  • 間宮尚彦、円谷プロダクション『ウルトラマンタイガ超全集』より『トレギア物語/青い影』小学館
  • 『ウルトラ特撮PERFECT MOOK vol.1 ウルトラセブン』講談社
  • 森次晃嗣、ひし美ゆり子、円谷プロダクション『ダンとアンヌとウルトラセブン:〜森次晃嗣・ひし美ゆり子 2人が語る見どころガイド〜』小学館
  • 多田一臣『『古事記』と『万葉集』』放送大学教育振興会
宮田登『民俗学』講談社学術文庫
赤坂憲雄『境界の発生』講談社学術文庫
架神恭介、辰巳一世『完全教祖マニュアル』ちくま新書
『ウルトラ特撮PERFECT MOOK vol.1 ウルトラセブン』講談社
森次晃嗣、ひし美ゆり子、円谷プロダクション『ダンとアンヌとウルトラセブン:〜森次晃嗣・ひし美ゆり子 2人が語る見どころガイド〜』小学館
多田一臣『『古事記』と『万葉集』』放送大学教育振興会

映像作品

  • 『ウルトラセブン』
  • 『ウルトラマン』
  • 映画『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE』
  • 映画『ウルトラマンゼロ THE MOVIE 超決戦!ベリアル銀河帝国』
  • 『ウルトラマンZ』
  • 『ウルトラギャラクシーファイト 大いなる陰謀』

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